皆さんは、算数・数学を、どんなものだと感じていますか。私もずいぶん長い間、算数や数学とつき合っていますが、いまだに、「こういうものです」と一言で言うことはできないでいます。よいものであるとは感じていますが、語りだすとどうにもまとまらないのです。
ここでは、考えるきっかけになるように、このページ数で話せる算数・数学の問題(と少しのおまけ)を以下に用意しました。ぜひ、考えてみてください。
こんなに広いところに小さいものを詰めていくので、どうにでもなりそうな感じがしますね。そこで端から思いつくままにタイルを置いていくと......おや、置くほどに制限がきつくなり......どうしても長方形のタイルを置けない場所ができてしまいます(図3・図4)。
しかし、一回や二回失敗したところで、「こんなの絶対できない」とあきらめるわけにはいきません。「ほかにもっとうまいやり方があるかも」と、もっとがんばってみるのが当然だと思いますが、いくらやってもうまくいきません。......などと私が自信たっぷりに言いきるのは、何かからくりがありそうですね。実は、どれほど工夫してタイルを置いていったとしても、きれいに敷き詰めることは絶対にできません。
なぜでしょうか? いきなり結論だけ言われても、すぐ信じる気にはなれませんね。誰もが納得できる論理をもとに、誰にもわかるように説明されたことだけが、数学では正しいと認められます。
この問題には、短くて明快なとてもよい説明があるので、それを紹介しましょう。
まずは、図2の62マスの正方形を、互い違いに塗り分けるのです(図5)。このような模様を市松模様、チェッカー模様などといいます。「鬼滅の刃」で見た人も多いでしょう。
そして、次の2つのことを考えましょう。これが納得できれば、もうゴールは間近です。
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- ① 62マスのうち、緑色のマスは30個、黒色のマスは32個ある。
- ② 図1のタイルをどこに置いたとしても、それで覆われる2つのマスのうち、一方は緑色、他方は黒色である。
では、①と②を組み合わせて考えてみましょう。図1のタイルは31枚ありました。もし図1のタイルをきれいに敷き詰めることができるとすると、②のことから、緑色のマス、黒色のマスはそれぞれ31個ずつタイルで覆われるはずです。しかしそれは①の「緑色のマスは30個、黒色のマスは32個ある」ことと話が合いません(「矛盾が生じる」といいます。「矛盾」はつじつまが合わないことという意味の故事成語です)。だから、タイルをぴったり敷き詰めることはできないのです。
私はこの問題に対するこの説明がとても好きです。その理由をいくつか挙げてみます。みなさんはどう思われるでしょうか。
- ●タイルを敷き詰めることと一見全然関係なさそうな「市松模様の塗り分け」が解決に役に立つ意外性。「どうしてこんなことを思いつけるんだろう?」と、不思議なものを見たような、わくわくした気持ちになります。
- ●見た目に納得しやすい。タイルを縦向きに置いても横向きに置いても、確かに、緑色のマスと黒色のマスを1つずつ占領します。これはあまり考えなくても「目で見て」わかります。だからタイルを31枚置けば......と考えを進めるところに、無理がありません。不自然なことを考えなくても解決できるのはとても気分がよいです。
- ● 一瞬でわかる。タイルの置き方をあれこれ何度も試してみる、という作業を一切しないで説明が完結するのはすごいと思います。何度も敷き詰めるのに失敗し、でも実はうまい置き方があるのかも......と迷う心を瞬時に安心させる説明です。論理の力、数学の力を感じさせられます。
この問題に対する説明は、これしかないわけではありません。地道に場合分けを続けて「敷き詰められない」と結論づけることもできるでしょうし、コンピューターにタイルのあらゆる置き方をすべて調べつくさせるのも立派な説明方法だと思います。しかしそうであっても、ここに紹介した説明のおもしろさ、さわやかさは、やはり抜群のものだと思うのです。そしてそれは、私が考える〈算数・数学のよいところ〉ととても深い関係があるように思えるのです。
みなさんが日頃学校で向かい合っている算数・数学と、いま私が話したものとは、あまり似てないと感じるかもしれません。学校での授業は、算数・数学を使いこなせるようになるための基礎トレーニングでもあるので、なかなかこのような鮮やかな話ばかりではないでしょう。でも、そんな学校での算数・数学の先には、美しいアイディアとみごとな整合性に満ちあふれた算数・数学があるのです。みなさんにちょっとでも、そんなことを感じていただければ幸いです。
追加問題の解答
松野陽一郎
開成中学校・高等学校数学科教諭。主な著書に「プロの数学」(東京図書)、監訳書に「数と図形について知っておきたいすべてのこと」(東京書籍)などがある。