本当は人間ののうも知っていること

いながきひでひろ

 わたしたちの身の回りには、色とりどりの花がいています。
 黄色い花があったり、むらさき色の花があったり、白い花があったりします。

 それにしても、不思議です。

 自然界はてきしゃせいぞんの世界です。
 すぐれたものは生き残り、おとったものはほろんでいくことが、自然界のきびしいほうそくです。それなのに、どうして、色とりどりの花があるのでしょうか。
 自然界で生きる植物の花の色や形には意味があります。
 もし、黄色い花が優れているとすれば、世界中の花は全て黄色に進化するはずです。
 しかしじっさいには、紫色の花もあれば、白い花も咲いています。
 自然界にはせいかいはありません。黄色い花が優れていることもあれば、他の色が優れていることもあります。もし、たった一つの正解があるとすれば、世界中の全ての花は同じ色と、同じ形に進化したことでしょう。
 しかし実際には、さまざまな色の花があり、さまざまな形の花があります。
 自然界には、さまざまなかんきょうがあります。場所が変われば正解が変わります。季節が変われば正解が変わります。自然界には、さまざまなしょがあり、さまざまな正解があります。自然界にある花々は、どれもが正しくて、どれもが優れているのです。
 全ての花には、それにふさわしい場所があります。そして、全ての花は、それぞれがふさわしい場所で美しく咲いているのです。
 こうして、自然界にはさまざまな花がそんざい しています。
 このように、いろいろな種類があることを「ようせい」と言います。

 そういえば、私たち人間にもいろいろな顔があったり、いろいろなせいかくがあったりします。これも多様性です。
 私たちは、多様性が大切であることを知っています。
 ところが、問題があります。
 じつは、私たち人間の脳は、多様性を理解することがあまりとくではないのです。
 自然界は多様でふくざつです。自然界を理解することは、かんたんではありません。そこで、私たち人間の脳は、それをできるだけたんじゅんに考えるように進化をげてきました。
 そして、ばらばらでたくさんあるものをグループ分けしたり、順番をつけたりすることで、整理して理解しようとするしくみをもっています。そのため私たちの脳は、点数をつけたり、順番にならべたりしてくらべることが大好きなのです。
 それだけではありません。比べることが大好きな人間の脳は、ときには、ゆうれつをつけてみたり、差別をしたりしてしまいます。多様なかんが理解できなくて、戦争を起こしてしまったりすることさえあります。
 それが私たちの脳なのです。
 私たちの脳が理解できないほど、自然界は複雑で多様です。
 自然界をわたせば、本当にたくさんの種類の花を見ることができます。
 ただし、花の色は植物の種類によって決まっています。たとえば、タンポポの花は黄色ですし、スミレの花は紫色です。
 タンポポが紫色になりたいと思っても、それはできません。スミレが黄色い花をうらやましく思っても、花の色は変わりません。
 それぞれの花が、それぞれの居場所で、あるべき姿すがたで咲いている。それが自然界です。
 人間は、それらの花を改良して、新しい品種を作り出してきました。
 はたして人間たちは、どんな品種を作り出したでしょうか。
  おどろくべきことに、人間が作り出した園芸用の花は、自然界の花よりも、さらにさまざまな色があります。
 たとえば、パンジーはもともと自然界では紫色の花でしたが、品種改良をして、黄色やオレンジ色などさまざまな色が作り出されました。
 また、バラも野生のものは白色のものが多いですが、品種改良が行われて、さまざまな色が作り出されています。
 人間は、色とりどりの野生の花を改良して、さらにいろいろな色の花を作り出しました。
 こうして花屋さんでは、自然の野山よりも、さらにさまざまな色の花が並んでいます。

 本当は人間の脳も、「いろいろあるほうが美しい」ということを知っているのです。

いながきひでひろ

植物学者。せんもんざっそうせいたい学。静岡大学大学院農学研究科きょうじゅ。「雑草手帳」、「はずれ者が進化をつくる」、「生き物の死にざま」ほかちょしょ多数。

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