みなさんはじめまして、声優の森川智之です。長年アニメやゲーム、外国映画の吹き替えなどの声優をしながら、声優養成所で声優になりたい人たちの育成もしています。名前は「ともゆき」ではなく「としゆき」と読みます。漢字の読み方って難しいですよね。養成所の講師として、生徒たちの名前を呼ぶときの私のなやみの種でもあります。私自身、子供のころから、「ともゆき」と呼ばれることのほうが多くて困っていました。まあ、それもふくめて自分の名前であり、人生なのだと受け入れています。最近では、読み方を説明して楽しんでいる自分がいたりするので、よしとしましょうか。
さて、私が生業としている声優という職業は、自分の声で登場キャラクターや物語を表現する仕事です。みなさんが楽しんでいるアニメやゲーム、外国ドラマの吹き替えなどの声は、私たち声優が日々スタジオで録音したものです。いろいろな作品の中で、登場人物たちが話すせりふやナレーションを「声優」が担当している。そこまでは多くの人が想像できることかと思います。では、もっとくわしく説明しましょう。
声優の仕事は、録音前に作品の台本をわたされます。まずは台本を黙読します。どんな物語なのか、作者はこの作品を通して読者に何を伝えたいのか、また物語の流れや自分が担当するキャラクターを十分理解します。そして準備が整ったら、マイクの前で声に出してせりふを発したり、朗読をしたりして録音します。台本は教科書、物語は教科書に掲載されている作品、録音監督は学校の先生、スタジオは教室、マイク前は自分の席と置きかえてみると、声優の仕事内容は国語の朗読の授業とそっくりじゃありませんか? まさに学校での国語の授業が声優への第一歩であるといっても過言ではありません。
我々声優は、スタジオで国語の授業と同じ作業を日々行っています。プロの声優がしっかりとした読解力で作品を理解し、表現しているからこそ、アニメやゲームの作品はみなさんが楽しめるものになっているのです。ただ、いくら優秀な人でも、台本を初めて見て声に出して読み、正しく表現することは難しいことです。事前に作品を十分理解してから声に出すことが大切です。いきなり声に出して読むと読み間違えたり、表現が不安定になったりします。国語の朗読の授業も、同じように準備をしなければ、漢字を読み間違えたり、文章の意味を取り違えたりして、間違った表現になってしまいますよね。みなさん、そんな経験はありませんか? 声優とて同じことです。文章を声に出して表現するときには、リハーサル、予習がとても重要なのです。
そのうえで、自分の声で作品を表現することは、とても楽しいことです。作者の意図に沿わず勝手な解釈で表現することはできませんが、作品を十分理解したうえで、自分なりに工夫して朗読をすれば、あなただけのオリジナル表現の作品を楽しむことができ、聞く人をその世界に引きこむことができるのです。なんて魅力的なことでしょう。教科書の紙面上、タブレット上のただの文字の羅列が、あなたの声の表現によって立体的になり、作品をよりおもしろく魅力的にできるのです。
現在は、SNSなどが広まり、自分の声でコミュニケーションや表現をする機会が減っているように思います。声に出して自分の思いを伝えることが苦手な人も多くなっているのではないでしょうか。ぜひ、国語の授業で声に出して相手に自分の思いを伝えることの大切さを感じてもらいたいです。そして、たくさんのすばらしい文学作品や文章と出会い、声に出して読むことの楽しさを味わってもらいたいと思います。
絵・尾柳佳枝
声優。神奈川県出身。外国映画の吹き替えやアニメ、ゲーム、ドラマCDなど幅広く活躍する。