幸せの四つ折りメモ

しま美里みのり

「あ、バスケ部の集まりがあるんだった。ちょっと行ってくるね。」
 ハルナは、「ごめん。」というふうに顔の前で手を合わせて休み時間の教室を出ていった。ポニーテールが楽しげに左右にれている。
 またひとりになってしまった。わたしは自分のせきすわって、置いてあったはずの文庫本を取り出すため、つくえの中に手を入れた。教室を見わたすと、男子のグループがうで相撲ずもうをしていたり、何組かの女子グループがしんみつそうに話したりしている。
 中学校に入学してから二か月半がたった。私はたくせんたくしたのだけれど、ハルナはバスケ部に入った。せっかく小学生のころから仲良しだったハルナと同じクラスになれたのに、最近はちょっときょを感じる。ハルナはバスケ部に入ってから交友関係も広がって、何だか遠いそんざいになってしまった。
 休み時間、ハルナがバスケ部仲間にちょくちょく会いに行くようになると、私は一人で本を読むようになった。本を開くと、安全なベールに包まれる。まさになん場所だ。
 あれ? 机の中に入れた手が空を切る。置いてあったはずの本がない。そうだ、続きを家で読もうと思って持って帰ったんだった。やばい。持ってくるのをわすれてしまった。急な雨を目の前に、がさがないことに気がついたときの気分だ。ため息をつきながら机の中から手を出そうとすると、小さな紙切れが手にれた。取り出すと、それは四つに折られたメモ用紙だった。開いてみる。
「はじめまして。文芸部の二年生の者です。部室のエアコンがこわれているので、放課後、一年四組の教室をお借りしています。
 実は、秋の文化祭のてんに向けて、はい作りをしています。私はあまり俳句がとくではないので出来に自信がありません。この席に座っているかたにご意見を聞こうと思い、この手紙を書きました。良いと思ったら〇、だめな場合は×を付けてください。
Tシャツの あせかわかず 秋暑し」
 手紙はここで終わっていた。ていねいに書かれたきれいな文字。せいけつかんのある上品そうなせんぱい女子の姿すがたが思いかんだ。残暑のきびしさがよく伝わってくる句だ。でも、季語が三つもある。Tシャツは夏。汗も夏。秋暑しは秋。俳句のほんは、一つの句に一つの季語だ。かさなりの句でも名句はあるけれど。そういえばじいちゃんが、「初心者は、基本にちゅうじつんだほうがいい。」と言っていたっけ。私のじいちゃんは俳句がしゅで、たびたび新聞に自分の句がけいさいされてはよろこんでいる。
 私は、俳句の下に、△のマークを付けた。そして、「残暑の厳しさがよく伝わってきますが、季語が三つもあります。季語は一句に一つにしておいたほうが無難かもしれません。」と、コメントを書いてメモを机の中に入れた。


「マナ、ごめん。ちょっと行ってくるね。」
 次の日の休み時間、ハルナは行き先も言わずに教室を出ていった。もう私はあわてない。かばんから持ってきた本をゆっくり取り出して避難場所を作る。あ、そうだ、昨日のメモはどうなったんだろう。机の中に手を入れてみた。すると、また新しいメモが入っていた。
「アドバイス、ありがとうございます。たしかに季語が三つも入っていますね。言われて初めて気がつきました。季語を一つにして直そうとしたけれど、うまくいきませんでした。今度はもっとカジュアルな句にしてみました。ひょうをお願いします。
べんとう 開けたら今日も ミニトマト」
 思わずぷっとしてしまった。おもしろいけれど、これではあまりにもお母さんがかわいそうだ。最後には、「ペンネーム・季重なり」と書いてあった。けっこう、お茶目な人なのかもしれない。さて、どう返事を書こうかとなやみながらペンを取った。
「季重なりさんへ
 お母さんが文化祭を見にいらしたら、ちょっとショックを受けるかもしれませんね。毎日のお弁当にかんしゃを表して、こんなふうにしたらどうでしょう。
弁当の 原色えて ミニトマト
           ペンネーム・むつき」
 私もペンネームを本名のマナではなく、「むつき」にした。テレビでよく俳句のてんさくをしているふゆむつき先生の名前をはいしゃくした。
 書いたメモを折りたたんでいるとき、ハルナが帰ってきたので、急いで机の中にしまった。


 それからというもの、メモの返事が楽しみでしょうがなかった。ハルナがバスケ部仲間に会いに行った後、机の中からメモを取り出して開く。
「むつきさん、ありがとう。確かにむつきさんが考えてくれた句だと、母が喜びそうです。むつきさんは、とても俳句が上手ですね。文芸部にむつきさんのような人がいてくれたらいいのに。季重なりより」
 社交辞令かもしれないけれど、とてもうれしかった。私の言葉を喜んで受け取ってくれる先輩女子がいると思うと、教室に一人でいても何もさびしくない。このあいだ、ハルナからバスケ部メンバーといっしょにったプリクラを見せられてちょっと寂しくなったけど、今となってはどうでもいい。
 私と季重なりさんとのやりとりは、ほぼ毎日続いた。季重なりさんは、ミステリー小説が好きらしい。ミステリーはあまりくわしくない私に、おすすめを教えてくれた。季重なりさんの文字はいつも丁寧だった。線がやわらかで、やさしそうなひとがらが表れている。何日かたったころ、季重なりさんはこんなことを書いてきた。
「むつきさんは、確か帰宅部だって書いていましたよね。よかったら文芸部に入りませんか? 今は、二年生が三名で、三年生が五名で活動しています。一年生はまだいません。三年生がもうすぐいん退たいするので、むつきさんが入ってくれたらうれしいな。季重なりより」
 文芸部に本気でさそわれてる? 私はちょっとおどりしたくなった。季重なりさんとは、メモでやりとりしているから気心が知れているけれど、ほかの人はどんな人たちなんだろう? 確かめてみたい。おくびょうものの私は、文芸部のメンバーをこの目で見ないことには、入部なんて決められない。もし入部したら、季重なりさんとプリクラを撮る機会もあるのだろうか。何だかわくわくする。私は、文芸部をないしょでのぞいてみることにした。
 帰りの会の後、私はトイレに向かった。部活が始まるまでの時間、トイレでじっと待つ。
 腕時計を見る。そろそろだ。私はそっとトイレを出て、一年四組の後ろのとびらの近くに来た。少しすきが空いていたから、こっそりのぞいてみる。こ、これは......。教室の中を見て、私の頭はくらくらした。ショックでたおれそうになった。なんと、そこにいる全員が男子だったのだ。


 どうやって家に帰ったかも分からない。せいふくえた私は、頭からベッドにもぐんだ。季重なりさんと仲良くなってプリクラを撮るゆめは、あっという間にくずった。男子ばかりのクラブで、どうやって女子一人でやっていくというのだ。文芸部といえば、つうは女子がほとんどじゃないのか? いや、そもそも普通ってなんだ? 
 季重なりさんは、私を男子だと思い込んでいたから気軽に誘ったのか? 私が季重なりさんのことを女子と思い込んでいたように。
 そうだ! 男子とちがえられたげんいんは、ペンネームの「むつき」だ、冬野むつき先生はじょせいだけれど、むつきという名前は男性でもありうる。そういえば、ようえんのころに、むつきくんという男の子と仲良しだったっけ。
 いろんなことをぐるぐる考えているうちに、つかててそのままねむってしまった。


 次の朝、私の体は重かった。でも、見上げる青空は私の気持ちをちょっと軽くした。自転車をこいで、通学路のちゅうにあるいつもの橋をわたる。ふと橋のたもとを見ると、ひまわりがいていた。もう夏だ。ひまわりを季語に俳句を詠んだらどうだろう? 中学生らしい自分の気持ちにまっすぐで正直な俳句ができそうだ。季重なりさんにすすめてみよう。
「季重なりさん」と、口の中でつぶやいた自分にびっくりした。女子じゃなかったと知った今も、季重なりさんの優しい文字と文章は、変わらず私の心を温かく満たしている。
 男子でも女子でも、季重なりさんは季重なりさんだ。このさい、どっちでもいい。私はもっと季重なりさんとメモのやりとりがしたい。季重なりさんの好きな小説をもっと教えてほしい。私でよければ俳句の相談にも乗りたい。そして、やっぱり会って話がしてみたい。
 私は自転車のギアを上げて、何かをるようなスピードで学校へ向かった。
 学校にたどり着いた私は、放課後のことしか頭になかった。ハルナにバスケ部の試合の話を聞かされてもうわの空だった。
 ようやく放課後がやってきて、私はトイレに行った。鏡の前で身だしなみを整える。腕時計をかくにんしてトイレを出る。しんきゅうをしながらろうを歩く。そして、いきおいよく一年四組の扉を開けた。
「今日から入部します! ペンネームむつきです。」
 私がそう言うと、八名の男子がいっせいにこっちを見た。一人の男子がびっくりした顔で立ち上がった。ぎんぶち眼鏡めがねが見るからに真面目そうだ。そして、どことなく品がある。
「季重なりです。」
 そう名乗った男子の顔は、ゆっくりとがおになっていった。

しま美里みのり

2025年、第3回「青いスピン」作品 しゅう  さく

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